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by konlon

『プロペラ天国』 

『プロペラ天国』 ―回転と推進―
              ●空ドラ

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 ○恋愛探偵組
 現代か未来か分からぬ時代、この世には「普通人間」と「合成人間」の二種類の人間が存在していた。中学生の姉妹、桜田子糸と子鐘は、生徒の相談に応じる私設サークル「恋愛探偵組」を作り、活動を開始した。子鐘が気弱な姉を強くしようと謎の手帳「恋愛探偵組白書」をヒントにサ-クルを作ったのである。だが、子糸は合成人間であったため、調査対象となった他の合成人間たちに狙われる事になる…
 以上が富沢ひとし作『プロペラ天国』(以後『プロペラ』)の1~3話までのストーリー展開である。合成人間である子糸が自分以外の合成人間を敵に回して、普通人間のために戦うようなストーリー設定は『人造人間キカイダー』等の変身ヒーローものを連想させ、戦いの決着をつけるのが妹の子鐘であるというキャラクター設定は、1972年放映の特撮TVシリーズ、『アイアンキング』を髣髴とさせた。『アイアンキング』は静弦太郎と霧島五郎の二人が主役であるが、敵の巨大ロボットに止めを刺すのは、変身時間1分のアイアンキングに変身・巨大化する五郎ではなく、弦太郎の体力知力であった。『プロペラ』も敵の合成人間との戦いは、子鐘の体力知力が決め手になるのではないかと予想された。こうして、『プロペラ』は、桜田姉妹の掛け合いが楽しい学園アクションものとして、ストーリーが進行するのではないかという予感を感じさせた。しかし、4話以降、ストーリーは「恋愛探偵組白書」を軸にして、子糸・子鐘姉妹と合成人間との戦いが本格化する。校舎に隠されていたプロペラ付きの”戦闘型”合成人間が起動し、学校中の人々が記憶を操作される。子鐘もこれまでの記憶を消去され、子糸の性格はこれまでの「情けない」性格から「意地悪な」性格に変更された。子鐘は毎日のように繰り返される子糸の乱暴な振舞いに悩まされるようになった。小鐘は、子糸の優しさを取り戻そうと文通相手のペンネーム・「ラブラブ」から送られた本、「恋愛探偵組白書」の記事を参考にして、「恋愛探偵組」を再び作ろうとするが、これに気付いた子糸によって自室の衣装ケースに閉じ込められてしまう。だが、子鐘が閉じ込まれている間に戦闘型合成人間が活動を開始した。子鐘は文通相手の少年「ラブラブ」に助けられ、事情を知る。彼によると、「恋愛探偵組白書」は世界の動きを決める「シナリオ」であり、人々はそのシナリオに従って行動しているのだという。だが、シナリオでは合成人間は、最後にはその存在を否定されることになる。合成人間は自らの存在を維持させるためにシナリオを変更したのであるという。実はラブラブもプロペラ付きの戦闘型合成人間であり、「白書」のシナリオを本来の「オリジナル」に戻すために合成人間と戦っていたのであった。「白書」により、子糸が現在戦闘型合成人間達と戦っている所であると知った子鐘は、子糸を救いに戦いの場へと向かう。しかしその戦いは決着を迎えることはなく、戦いが今後も継続する事を暗示して、物語は静かに幕を閉じた。ストーリー全体の印象は、ドラマのTVシリーズでいう所の最初の1~2話分と最終の2~3話分を直接つなぎ合わせたような感じであった。個性的なキャラクター達とアクロバティックなストーリー展開で描かれた不思議空間は、富沢ひとしのマジックここに極まれりといった印象を読者に与えた単行本一巻分のストーリーであった。




 ○二人の想い
 『プロペラ天国』の物語終盤で、子糸と子鐘の二人を取り巻く過去が紹介される。世界中を巻き込んだ大戦争の災厄で過半数の人間が死亡したという。戦闘型合成人間・AHX-03は、ある廃墟の中で、ただ一人生存していた普通人間の少女・田中由季を発見した。合成人間による普通人間再教育プログラム「プロジェクト 恋愛探偵組白書」の実行によって、AHX-03は姉の「桜田子糸」に、田中由季は妹の「桜田子鐘」として、書物「恋愛探偵組白書」のシナリオに従って行動することになったのである。合成人間は普通人間を教育して、平和な世界を造るための存在である。「プロジェクト 恋愛探偵組白書」の完遂は合成人間の存在を最終的に否定しかねないものであったので、合成人間の一部は「恋愛探偵組白書」の内容を書き直した。普通人間を愛していたAHX-03は、本来の「白書」によるプログラムを完遂させるべく、合成人間に戦いを挑んだのであった。
 物語のファクターとして登場する、「恋愛探偵組白書」という書物には、内容や文体に1950~1960年代の少年向けSF小説を思わせる所がみられ、作品世界に懐古的イメージを与えている。また、「恋愛探偵組白書」の内容が物語世界に影響を及ぼし、物語の進行とともに書物の内容が顕在化を強めていく展開は、物語世界に無意識の恐怖を加えている。
 『プロペラ』における、合成人間・子糸と普通人間・子鐘との間には、人知を超えた特殊能力を持つ者とそうでない者とがそれぞれ抱く「想い」とそれらの交わり合いが劇的に描かれ、『プロペラ』という作品にキャラクター達が織り成す、心のドラマとしての味わいを与えている。廃墟での、03(子糸)と由季(子鐘)の出会いの場面は、特殊能力を持つ合成人間と非力な普通人間それぞれの中で芽生えた「愛おしさ」を読者に感じさせ、強く胸を打つ。そして、由季は記憶操作によって子鐘となって、これまでの恐怖や悲しみといった過去を消去される。通常の概念では、人間の記憶が操作されることについて、あまりいい印象を受けない場合が多いが、『プロペラ』で記憶操作される、由季(子鐘)を見ていると、「操作された方がいい記憶」もあるのではないのかとも考えさせられる場面であった。そして、子鐘が、物語の中で何度も記憶を操作されながらも子糸の事を想い続けた事が、作品の絵一つ一つから窺われるようにみられ、ストーリーを牽引していく力となっている。記憶を操作された子鐘の体は、無意識に子糸=03との出会った時の気持ちを覚えているの化も知れない…。また、子糸と子鐘の関係には、須藤真澄の『振袖いちま』や「天国島より」で描かれた、永遠の時間を生きる者と限られた時間を生きる者との関係を連想させるものがある。『いちま』や「天国島」に登場する、永遠の時間を生きる者(人形・いちま/天国島の住人)が特殊能力を持った合成人間に、限られた時間を生きる者が非力な普通人間にそれぞれ通じ合っていることが推察される。『いちま』や「天国島」のように、『プロペラ』もまた、出会いの中で見つけた、大切に思う人たちのつながりによって、永遠の時間を紡ぎ出すことが物語の主張であり、愛おしさによる「想い」が結びつける人々のつながりは、限られた時間を回転させ、推進して永遠の時間へと舞い上がるための”プロペラ”なのかもしれない。

 ○プロペラのデザイン
『プロペラ天国の』最大の特徴はタイトル通り、”戦闘型”合成人間が備えるプロペラであろう。子糸たち戦闘型合成人間は、胴体や手にプロペラを装備しているが、プロペラの羽は回転して飛行するだけでなく、剣状の武器に使ったり、自由に変形して、物を持つことも可能である。また、羽の先端を人間の頭と接続させて、人間の記憶を操作することもできる。キャラクターのモチーフをプロペラで統一し、その直線的で硬質なイメージの強いプロペラを紙短冊や粘土のように柔軟に変形させる表現は、物語世界を象徴するかのようであり、作品世界に柔軟な印象をもたらしている。また、回転しながら物体を推進させるプロペラのイメージには、先にも述べたように、人と人とのつながりを象徴し、その後二転三転するストーリー展開の中で、運命を動かそうとする主役たちの姿と重なりあう。

♪:OPイメージは中村一義・「ロザリオ」(アルバム『ERA』)、EDイメージは朝日美穂・「さかさまパラシュート」(シングル)にしてみました。

作品:『プロペラ天国』 2002年9月、集英社

                                           (文中敬称略)

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 2008.9.15 空ドラ

 発行:空琉総合研究所 2008 禁無断転載      
2008 kongdra/空琉総合研究所  
by konlon | 2008-09-16 20:17 | マンガ