パーソナル文化研究所・空琉館の情報誌的ウエブログです。


by konlon

『じーばーそだち』


『じーばーそだち』
 ─下町という物語空間─

○舞台はホームタウン
 須藤真澄のマンガ作品『じーばーそだち』は、秋田書店『ヤングチャンピオン』にお
いて、1995年1月から1996年12月まで連載された4コマ作品である。作品の舞台は、須藤の出身地である東京都墨田区(*1)をモデルにしたとされる”下町”であり、そこに住む主人公の少女「りる」の日常生活の中で起こった小さな出来事を描いたストーリーが展開する。作品中で描かれた家屋や路地、駄菓子屋などの下町、そしてりるとその家族(祖父の一徹の出番が目立っているが)や、下町の住人たちといった各キャラクターたちの、デフォルメを効かせたキャラクターデザインや言動を通して、作者が幼少期を過ごした、原体験の場所といえる”下町”という空間が再現され、読者の感覚に転送されるような作品になっている。

○子供らしい子供
 りるは、下町の鮨屋「徹鮨」の主人一徹の孫娘(*2)であり、家族構成は、一徹夫妻と両親、大学生の兄、「かめてつ」の6人家族である。父親(一徹の息子)はTVゲームのプロデューサーであり、母はファッション雑誌の製作に携わっている関係で、家の中では、祖父と祖母に接する時間が多いため、事実上祖父母に育てられた。タイトルの『じーばーそだち』はそのような”爺と婆”育ちに由来する。(主人公の「りる」は、父方の祖母(一徹の妻)「りり」の名とと母方の祖母「るる」の名を合わせたものであり、りるの兄「かめてつ」は父方の祖父「いってつ」と母方の祖父「一亀」の名を合わせたものである。)祖父から教えられたであろう礼儀正しい態度や行儀よさ、庭の雑草を煎じて薬にするなど伝統的知恵の応用を自然に、無邪気に見せるりるの姿には、子供の持つ素直さや純朴さがみられ、まさに”子供らしい”好感の持てるキャラクターとなっている。そのため、彼女と下町の人々との交流は作品に暖かく幸せな世界観を生み出し
ている。

○キャラクター個性密度の高い地帯!?
 『じーばーそだち』に登場する各キャラクター達は、主人公のりる以上に際立った個性を発散し、作品の明るく楽しい雰囲気作りに一役買っている。人情に厚く、プロ根性の強い鮨職人である一徹、旅行と通販グッズマニアのりり、元博徒(?)で川原石を磨くのが趣味の一亀、裏社会との関わりがあった過去を持つらしいるるというように、『じーばー』タイトルに恥じないメインキャラクターとして、非常に強烈な個性を持っている。りるの祖父母以外にも老人達が多数登場し、須藤の描くバリエーション豊かな独特のデザインで描かれた老人たちは、抽象的でありながらも自然で人間の温かみが感じられる。都会的で上品な転校生の少女(最後まで名前は不明。この辺がギャグのネタにできそうな、マンガ的キャラクターとなっている)や、元富豪の息子であった笹沢君、オカルト好きの陰気なキャラクターであるがなぜか憎めない倉田さんといった、これまた個性豊かなりるのクラスメートたちが登場し、一見平凡そうな下町のキャラクターたちに強い印象を与え、独自の作品イメージを生み出している。そして、須藤作品ではおなじみの猫のキャラクターも、りる家の飼い猫「はまち」として登場し、『ゆず』シリーズで定評のある須藤アレンジのデザインで描かれた猫キャラクターの挙動が作品にユーモラスなアクセントを加えている。

○It's A Wonderful World!!
 現実世界の”下町”には、暗く湿った空間などといったマイナスイメージを持たれることもあるが、『じーばー』で描かれている、物語空間としての下町は明るく、人情豊かで幸せなイメージを読者に抱かせる。作品の描写中には、一徹とその息子(りるの父)親子の間に起こった過去の対立や母方の祖父母の言動からうかがわれる過去の中には、暗いマイナスの部分が潜んでいるようにみえるが、『じーばー』の作品中では、過去の暗い影が物語の展開を大きく左右することは無い。『じーばー』で描かれる下町の人々は、全て”現在”を大切にして生きている。りるたちの過ごしている下町は、”現在”が中核をなし、現在そこにある幸せの前では”過去”はさほど大きな意味を持たない。現在は過去の結果であるが、過去に不幸な事件があったとしても現在が幸せな結果状態であれば、過去はあくまで過去であり、現在そしてこれから起こる出来事に影響は及ばない、作品世界での幸福観が作品からうかがわれる。『じーばー』の下町は、過去にとらわれない、現在(いま)のその時を生きる人々の住む場所であり、ストーリーの舞台設定からストーリーを構築する須藤の作風と須藤の原体験が混じり合って、素晴らしい世界といいたくなるような物語空間を構築している。『じーばー』の真の主役は”下町”であるといえるかもしれない。

(文中敬称略)




*1:

実際の墨田区を題材にした須藤真澄の作品には、「いかにおわす ふるさと」( 『おさんぽ大王』第2巻収録 1998年7月、アスキー 現エンターブレイン)がある。区内の「小さな博物館」を中心に、作者の故郷としての墨田区を紹介しているがここでも明るく楽しい”下町”のイメージがみられ、作者の下町への想いがうかがわれる。

*2:

りるの年齢設定は、第1話では8歳であるが、連載期間と同じ時間の流れで物語が進行し、最終回は、りるの10歳の誕生日で幕を閉じた。
[PR]
by konlon | 2008-02-25 12:50 | マンガ