パーソナル文化研究所・空琉館の情報誌的ウエブログです。


by konlon

『観光王国』 

アップがかなり遅れてしまいましたが、『庭先案内』第三巻発売を前に、須藤真澄先生の短編ファンタジーを振り返って、『庭先案内』シリーズ以前の短編集を取り上げてみます。今回は須藤先生初のファンタジー短編集『観光王国』です。

************************************************************************************************************

『観光王国』 ―幻想世界の旅路―   by空ドラ

須藤真澄の作品集『観光王国』は、1988年から1989年にかけて、マンガ・アニメーション情報誌『コミックボックス』に「ピュア・ファンタジー・ゾーン」として掲載されていた読切短編を中心にしたファンタジー作品集である。浜辺や公園、川岸の土手といった普段目にする場所で展開される幻想的な光景を主題として、日常世界に潜む異世界のイメージを作者の感性で捉えられる上で可能な限りの表現方法を駆使して描き出している。


○「観光王国」
旅する男が宿に戻る途中で出会った少女は、魚を集め、集められた魚は少女によって血を絞られる。その血は型に注がれて魚型の塊になる。そしてそれらは生きた魚の餌になる。命の循環というようなものを、魚のモチーフを用い、夜の異国風町並みの中でひっそりと描いたこの短編は、この短編集のオープニングを飾るにふさわしい作品といえる。

○「明けの気配」
絶滅動物の最後の一匹には、「生」への念によるエネルギーが発生するという。彼らの念は神によって集められ、生命として再生されるのであろうか。この話では神による世界の終わりと再生がもの静かに進行している。世界の終わりというものは地味に、気が付かないままやってくるのであろうか?事実を知った者を手元に呼んで救えなかった神の悲しげな表情が印象に残る。

○「いざや、波」
妹は浜辺で亡くなった兄を思い続けている。妹は鳥のような形をした深海魚に、海底の空を感じ、兄の眠る魂の安らぎの場を見出したのだろうか。そして浜辺が失われ、海と陸との間に”結界”が生じる時、妹も海底に消えていく…。兄の名は凪、妹の名はナミ。失われていくものを主題にした、”せつなさ”が漂ってくるような作品である。浜辺に浮かぶゴミの表現が、汚(けが)れ行く浜辺の姿に奇妙なほどのリアリティを感じさせ、”せつなさ”を強調させている。新版のカバーイラストは、「いざや、波」のナミと浜辺が、水彩で描かれている。青系統でまとめられた絵は、どこか悲しげな表情を浮かべ、作品の持つ”せつなさ”を無言で物語っているようである。

○「少年王に白い雲」
父親は四日間の休暇を利用して、部屋に土を敷き詰め、少年時代の遊びを再現した。彼は娘と彼女の友だちを呼び、共に楽しむ。父親も少年時代の”てっちゃん”として遊びの輪に加わるのであった。四日の間、てっちゃんの思い出を子供たちと共有した後、彼は父親として、日常に戻っていく…。講談社アフタヌーン誌編集部主催の新人コンテストである、アフタヌーン四季賞・1988年秋のコンテスト応募作品として製作された作品。アフタヌーンの誌風に合わせたためか、須藤の短編系作品にしては珍しく、超自然的な現象が登場しない”現実的”な作品であるが、物語の中に感じられる暖かさと爽やかさは実際に実現可能な、居間に作った地面を、非現実的な幻想世界へアクセスさせ、児童文学的なファンタジー空間を成立させている。。
(初出:『アフタヌーン』1989年1月号掲載)

○「ヒナタボッカー」
謎の男は壺に太陽の暖かさを集めて花を咲かせる。太陽光線の、ぽかぽかとした暖かさの表現と、昼と夜との対比、台詞なしの絵だけで進行する物語は、不思議な世界を形作っている。

○「THE ANT-アリおばさんの恐怖」
絵の具を洗った水を浴びて人間大に巨大化したアリが主役の話。巨大化したアリおばさんは、地面がよく見えず、仲間のアリを踏みつけてしまうか分からない。「アリおばさんの恐怖」は、恐怖と苦悩にとらわれたおばさんの「恐怖」なのである。

○「アスパラガス・ハイ」
木の葉を食べ、脳内麻薬とされる物体を、頭から出すことのできる男の苦悩を描いた三回連続作品。最大の見所は、男の頭からの分泌物による幻覚の描写であろう。水中を思わせる浮遊感に加え、モノクロ画面でありながら、極彩色を感じさせるサイケデリックな画面を、スクリーントーンを駆使して表現している。そして、夜のイメージを主要な物語舞台にすることによって、特殊能力を持っているがゆえに様々な組織に目を付けられ孤独に陥った男の悲しみを一層際立たせている。

○「早苗と青い子供」
少女早苗は、ふとしたことから河童に出会い、河童の国に案内される。村の子供たちの守り神として、一人に一匹ずつ河童が生まれるのだという。河童は十年後に子供の成長を見届け、死んでいく。作品には透明感があふれ、自らの宿命を受け入れて生きる河童の、切なく、悟りにも似た表情が読者の心を打つ。河童の国である、水中世界の描写には、低重力感が見られる。また、早苗の暮らす、一昔前の農村風景も作品の透明感をいっそう際立たせている。

○「桜東風」
老女「りう」と川の水温計りで有名な老人「江戸一」との心の交流を描く。川の水は、桜橋の下を流れる所で心を通わせるのに最適な水温になるという。水を通して通じ合う同世代間の心の交流を、暖かさと涼しさが同時に足の感覚として伝わってくるように描き出している。足の皮膚に直接感じる、川の水の温かくもなく、冷たくもない水温が画面の中から伝わってくるようである。背景を省略したコマが、夏の日の気温が高いが爽やかな空気を感じさせる。


『観光王国』 1989年4月、ふゅーじょんぷろだくと
   新版  1999年9月、エンターブレイン 

                                                (文中敬称略)
[PR]
by konlon | 2007-10-22 23:12 | マンガ