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by konlon

『電脳コイル The Comics』

『電脳コイル The Comics』 
 -電脳世界のアナザーヴァージョン?-

    ●kongdra(空・ドラ)

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 彗星のごとく視聴者の眼前に出現したTVアニメ・『電脳コイル』は、2007年5月に放送開始されるとその衝撃的なビジュアルイメージで視聴者を魅了し、言葉にはできないような感動を与えたのであった。日常とハイテクがあたりまえのように混ざり合った空間の中で、子供たちがメガネ型小型コンピュータを身に着けて遊ぶ時代を舞台に、CG時代の申し子のような”電脳”キャラクターたちが、新時代の妖怪として存在し、彼らと人間との共存を主要テーマとしたストーリーが展開された。アニメ本編は、二人の少女・「ヤサコ」と「イサコ」を中心に、人間世界と”電脳”技術との狭間に揺れ動く人々の姿が「ミチコさん」や「アッチの世界」といった不気味な都市伝説を絡めて描かれ、少女たちは電脳メガネに関わる怪現象を通じて自分の進むべき道を見出していく…。磯光雄原作・監督作『電脳コイル』は、電子科学と人間の心が交錯する迫真のドラマによって、新たなる伝奇ファンタジーを誕生させた。この『電脳コイル』(以後『コイル』)が放送されたとき、メディアミックス化の一端として、脚本家の宮村・優子(ここでは便宜上この表記にする)による小説版シリーズの刊行が始まったのだが、当然その次にはマンガ版が出るだろうと『コイル』に魅せられた視聴者の”僕ら”は予想した。6月頃になって、予想通りマンガ版の発表がアナウンスされたのだが、それは僕らの予想もしなかった形での登場であった。「久世みずき」の作画によるものであり、小学館の少女向けマンガ雑誌『ちゃお』8月号の付録冊子の形式で発表されたのである。徳間書店で近年復活したばかりの『リュウ』に連載されるものであろうと一部の者は予想していた事もあって、、アナウンス当時は実に失礼ながら「ええっ、何故少女誌に!?」、「久世みずき」って何もの?と驚き困惑した青少年は数多くいたに違いない。それでも『コイル』の魅惑の世界に心を引かれていた者たち(?)は少女誌という媒体に秘められたある種の可能性に期待しながら、密かに入手の決意を固めていた…(?)。こうして7月に『ちゃお8月号』が発売され、万難を乗り越えて冊子を手にした者たち(?)は、アニメ以上の軽快なテンポと夏の熱気に澄み渡る風のような爽やかな空気をマンガのコマから感じ取り、これもらしくていいのかも、というような気にさせられるのであった。その後、単行本が出るらしいという情報を得た彼(女)たち(?)は、そこに収録されるであろう続きの話に期待を寄せ、11月に期待の単行本が発売されると若者たち(?)は自然とその単行本を手にする事になった…。単行本には、付録冊子の内容に加え新作画の第二話が掲載されていて、第一話では未登場だった待望の「オバちゃん」も活躍し、ストーリー展開もまた、TVアニメの「アッチの世界」を髣髴とさせる「電脳大黒市」が物語の舞台となり、彼(女)たち(?)は甘酸っぱくて切なさを感じる物語空間に思わず引き込まれた。ああ、これも『コイル』のアナザーヴァージョンなのだなぁ、と。こうして僕たち(?)は、少女誌という新たな切り口、新たなフィルターを通して『コイル』の魅力を再発見するのであった…。
 久世みずき作のマンガ版『電脳コイル』は、電脳メガネや電脳ペットなど、大体の世界設定とキャラクターはアニメに準じたものであるが、ストーリーやキャラクターデザインなど少女誌向けのアレンジが加えられているためか、少女たちの学校生活に重点を置いているところが大きな特徴になっている。第一話は、TV版同様「ヤサコ」と「イサコ」の物語であり、アニメ本編でも登場した「ミチコさん」をめぐる展開であるが、「イマーゴ」などといったTV版で取り上げられていた「謎」の要素を抑え、「ヤサコ」と「イサコ」の対立と和解を際立たせることで、主要な読者層の大きな関心ごとである、「友情」が強調されている。少女ヤサコとイサコのキャラクター設定は、TV版本編にほぼ準じたものになっているが、イサコの行動原理は、TV版の複雑な背景事情を見直して、手にした者の願いをかなえるという「ミチコさん」による両親の和解とすることにより、TV版以上にヤサコとイサコの心の交流が明確になっている。続く第二話では、電脳空間に出現した「イリーガル」捕獲を発端にした事件を通じてストーリーが展開される。もう一人の主要人物「ハラケン」こと原川研一と彼の友人であり、電脳関連の事件で死亡した少女「カンナ」との交流がストーリーの主軸となり、TV版にも登場した「電脳空間」や「電脳体」が主要モチーフとして取り上げられている。「ヤサコ」と「イサコ」の物語は第一話において一応の解決をみせているので、この第二話は、TV版で描かれていた「ヤサコ」と「ハラケン」の物語という面が強調されている。TV版のような複雑な背後関係が見られない分、TV版以上に「生」と「死」や「現実世界で生きる意味」といったテーマがよりダイレクトに読者に提示される。
『電脳コイル』の持つ魅力を、少女ものという場において新たなビジュアルで展開した久世みずき版『電脳コイル』は、TVシリーズ以上に主要テーマの一つである、少年少女たちの「出会い」と「別れ」を叙情的かつ簡潔に描き、『コイル』の持つファンタジー性がより強調されている。このマンガ版『コイル』は、少女層を対象とすることで、原作者・磯光雄の多様な想像力を、作中の主人公と同じ位置から捉え直した作品であり、『コイル』世界へのもう一つのアプローチを提示した作品といえるだろう。
                                              (文中敬称略)

作品:『電脳コイル』 THE COMICS 
磯光雄/徳間書店/電脳コイル政策委員会 原作
久世みずき 漫画 
2008年11月、小学館 

                          
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 後記:
 大幅に遅れてしまいましたが、4月からNHKBSで『電脳コイル』が再放送されるということなので、今回はマンガ版『電脳コイル』の雑感雑記です。マンガ版発表当時、少女誌掲載と聞いてかなり驚きましたが、改めて内容を見ると、主人公が少女ということもあってか、作品中の登場人物たちと少女層の読者と目線が合っているような印象がしました。少女の出会いと別れを主要テーマとした『コイル』には案外少女誌が似合っているのではないのかなあ、という気がします。『コイル』が少女誌を選んだ理由もこのようなところに隠されているのかもしれません。「イマーゴ」や「イサコのお兄ちゃん」、「コイルドメイン」といった細かな謎を省いたストレートな展開は、『コイル』の本体というものが顕わになったかのような不思議な感じがします。そして、TVシリーズ以上に、テクノロジーで彩られたファンタジーものという面が強調されていたことも作品により楽しさを与えていました。また、マンガ本編で「ミチコさん」として使われていた電脳生物などの、アニメ版企画時の初期設定が生かされたキャラクターたちの登場も『コイル』ファンにとっては楽しみでしょう。少女誌マンガ版により、『電脳コイル』の魅力がいっそう人々に伝わっていくことを願っています。

 
                     2009.04.29 kongdra

              発行:空琉総合研究所 2009 禁無断転載
      
                   2009 kongdra/空琉総合研究所
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by konlon | 2009-04-29 13:01 | マンガ